「持続可能」とは「関係性」のはなしではないだろうか

「持続可能」とは、なんだろう?

と考えてみると、

「関係性」なのではないだろうか?

と思いました。

 

人と人だけではなく、

人と自然・地球・科学・情報etc…

私たちは、あらゆる媒体を関係性を結んでいます。

 

「持続可能なコミュニティとは?」というイベントに参加したときに、

・コミュニティとは変化するものである

という言葉が記憶に深い。

 

生命の歴史は、変化の歴史。

 

私たちも、周りの人も、社会という集団意識も、

この地球ですら、変化から逃れることはできません。

 

赤ちゃんは、ぐんぐんと大きくなります。

大人は老い、

若者はやがて大人になる。

 

「関係性」もまた変化していく。

 

同じであり続けることは、不自然なこと。

 

「持続可能」であることとは、

「変化がゆるやかで、自然である」

と言い換えることができるかもしれません。

 

変化がゆるやかであれば、

わたしたちには、

適応できる力があるから。

 

もう少しマクロな言い方をすると、

「致死量を超えないスピードの変化」を、

持続可能というのかもしれない。

 

ただの言葉遊びの要素も多い内容ですが、

そんなことをふと思ったりしました。

 

 

文・Natte

写真・Inaba Keita