粕谷勇人 yuto kasuya 〜後編〜

仕事に対する姿勢やゲストハウスのマネージメント術をインタビューさせていただいた、

 粕谷勇人 yuto kasuya 〜前編〜

に引き続き、後編では、彼の生い立ちや家族、人生観について聞いてみました。

粕谷勇人 yuto kasuya 〜後編〜

− 1991年 11月 11日。粕谷さんは北海道の遠軽町で生まれ、人口 4,000人あまりの北海道・興部(おこっぺ)町で育ちました。お世辞にも都会とはいえないような、人より牛の数の方が多いという田舎町で育ったといいます。

三つ上の兄がいて、札幌でバーを経営しています。母は介護施設で働いていて、父は商工会で勤めていたんですけど、最近、会社を辞めて下宿を始めることにしたみたいなんです。多分、僕や兄に影響されたんだと思います(笑)

− 20代で起業を経験されてますが、家族にも経営をしている人がいたんですね。

兄貴もそうなんですけど、祖父が、遠軽で焼肉屋兼・カラオケ屋兼・すっぽん屋を営んでいて。

パワフルな変わり者でした。

ひいお爺ちゃんの代から、菊池商店という文房具や食品を売る店を営んでいたんですけど、祖父はその事業が楽しくなかったみたいで(笑)スーパーになっている部分を全て壊し、自分で電気や水道を引いて、まず焼肉屋にしたんですよ。

− ご自分で。パワフル(笑)

じいちゃんは、手がいつも真っ黒で、汗だくで、クレイジーな人で…

焼肉屋の二階にカラオケも入れて、焼肉食べながらカラオケを歌えるお店にしたんですけど、それでも足りなかったみたいで、ラーメンも食べれるようにしたんです。

– 焼肉屋で、カラオケ屋さんで、ラーメンも食べれるお店(笑)

はい。いかにも田舎にあるお店って感じですよね(笑)

だけど、まだ満足できなかったみたいで、いきなり隣の空き地にすっぽんの水槽を買ってきて、すっぽんハウスを作り始めたんです。

すっぽんを焼肉やラーメンで出したり、血をカプセルにして、出していて。すっぽんの生き血を小さい頃は飲んだりしてました。

– 小さい頃は、祖父が育てたすっぽんを食べ、すっぽんの生き血をのんだりして育った…なかなかめずらしい経験ですね。おじいさんのすっぽんハウスには、どのくらいすっぽんがいたのですか?

すっぽんは何百匹といました。

– ドアを開けたら、すっぽん…

田舎で庭が大きかったので、豚やガチョウも飼っていました。

– 動物に囲まれて育ったんですね…。動物は好きですか?

いえ、動物嫌いなんですよ(笑)

– そうなんですね。ちょっと意外です(笑)

あいつらの行動は、予想ができないから、嫌ですね。

予想ができないことは嫌い、というか苦手なんです。

だから新規事業とかもこわいんですよね。僕の相棒は、新規事業立ち上げが好きなんですけど、自分は始まってからが、仕事の始まりだと思ってます。新しいことは、まず否定してしまうというか…先が見えないことは、不安なんです。先まで作ったプランを提示してくれたら、良いのだけれど。

仕事でも、既にあるものを直していく方が好きです。

粕谷勇人 yuto kasuya 〜後編〜

−遠軽町に生まれて、すっぽんに囲まれて育った幼少期。9歳まで遠軽町の隣町にある生田原町の「やすくに」というところに住んでいました。クラスは 8人しかいなくて、全校生徒 40人。コンビニもない小さな町だったのだそうです。

黒板を縦に割って二学年同時に授業するような、小さな学校に通っていました。当時の記憶はあまりないんですが、虫取りをしたり、大自然の中を駆け回っていたみたいです。

そのあと9歳から中学校まで、興部(おこっぺ)町で過ごしました。人より牛の方が圧倒的に多い町で、牛乳が有名です。興部でも、学校は一学年にひとクラスしかなかったんですけど、ちょっと生徒数が増えて30人くらいになりました(笑)クラス替えがない田舎あるあるで、友達の家族構成・電話番号・住所は、みんな全員分暗記してるような、そんな環境でした。

粕谷勇人 yuto kasuya 〜後編〜

− 高校は、環境を変えたいという理由で、興部町の隣の紋別市へ進学。ひと学年に6クラスもある流氷のまち。理由は、中学の時に、スーパーマンみたいな大親友がいたからだといいます。

なにしても敵わないような大親友がいたんです。彼の影にいたら、ダメになると思って、環境を変えたいと思い、紋別に行きました。彼とは、今でも大親友です。

− 高校を卒業し、札幌のホテル接客を学ぶ専門学校へ進学し、卒業後はワーキングホリデーで、2年間を海外で過ごす。語学に集中するためにオーストラリアへ 1年、社会人を半年挟んでから、ニュージランドに 1年行きました。ワーキングホリデーで体験した海外での生活が、人生に大きな影響を与えてくれたといいます。

一番多感な時期に海外に行ったという経験は、僕の人生を大きく変えることになった気がします。楽観的でイージーゴーイングな雰囲気のオーストラリアとニュージーランドの人たちに影響を受けました。

オーストラリアでは、フルーツの収穫のバイトをしていたんですけど、自分と同じような収入の50代、60代の人もたくさんいて。場所を移動しながら仕事して、飽きたらまた次の土地にいく。そうゆう人があたりまえのようにたくさんいたんです。

日本でその年齢でバイトしてると、ネガティブなイメージがどうしてもあると思うんです。でもオーストラリアでは、バイト生活してるおじさんたちは、堂々と楽しそうに暮らしていたのが、けっこう衝撃的でした。

もちろん、都会に行けば日本のような空気感があるかもしれないとは思うんですけど、僕がいたオーストラリアの田舎はすごくゆったりしていて。

裏表なく、言いたいことを言ったり聞いたりする雰囲気が好きだったんです。自分も意見ズバズバ言いながら、楽しく働きたいなと思いました。

− しかし、日本に帰ってきて実際に働いてみたら、海外での経験とのギャップに驚いたといいます。

粕谷勇人 yuto kasuya 〜後編〜

日本に帰ってきて就職したら、ずっとデスクワークで、言いたいこと言ったら「新入社員がなに言ってるんだ」と言われ、土日も働いて、残業代も出なくて、嫌気がさしたんです。

それで、すぐに会社をやめて、現実逃避のためにニュージーランドへ行きました。

オースストラリアやニュージランドでは、アフターファイブはしっかり帰って、家族サービスするのがあたりまえだったんです。みんな楽しそうに、ケラケラ笑いながら、仕事しているのが、楽しくて…日本の方が、普通じゃないと思ってしまったんですよね。

− それが「社会人になれなかった理由」だと、いう。

きっと僕は、日本でずっと生活していたら、社会人に向いているタイプだったと思うんです。同じことを延々とできるし、働き続けることも、全然苦じゃないし。

だけど、海外に行って、楽しそうに働く人たちを見て、日本はおかしいと感じてしまったんです。

起業して良かったです。海外で出会った人たちの生き方に近づいている気がするから。

− 私生活で大切な人たちを大事にする姿勢と、仕事に、線引きはしない。

起業したことによって、守るべきものが増えたんですよ。

相棒のしのだったり、社員やスタッフ、それぞれみんな大事です。

粕谷勇人 yuto kasuya 〜後編〜

− 「自分の長所ってなんだと思う?」と聞いてみました。しばらく悩んだあとに、「自意識過剰なところ」と粕谷さんは答えました。

僕、語彙力が低いんで、自意識過剰って言葉があってるかわからないんですけど、「自分にはできる」って気持ちは強い方だと思います。

難しいことはできないんですけど、整理整頓やオペレーションづくりのように自分が積み上げてきたことには自信があるし、タスクをこなしたり、ルーティンにするのが得意なので、結果が出るまでやるだけというか。

− 粕谷さんの振る舞いは謙虚だが、芯の部分で自分に対する自信が滲み出ています。自信を崩さないコツは、「人と比べないからだと思う。」といいます。自分がダメだと思う暇があるならば、自分にできることを徹底してやることを意識しているそうです。

粕谷勇人 yuto kasuya 〜後編〜

僕、人の話はあまり聞いていない、というか覚えていないんですよ。周りにすごい人はいっぱいいるけれど、比べてもなれないし…

考えてるより、まず動くようにしています。

− 知識よりは、感覚派。経験から、物事を考えていく…という感じでしょうか。

失敗するのは、全然ありなんです。失敗してもいいから、スピード感が欲しいです。

調べて考えるのが勿体無くて。調べるくらいなら、やった方が身につくから、考える前にまずやります。スタッフにも、失敗していいから、まず動いてほしいと思ってます。

1時間調べてる時間があるなら、すぐやって、5試す。

そしたら、6が出てくるかもしれないですよね。

ちょっとでもいいなと思ったら、すぐにやることを大事にしています。

− きっと経験から積み上げた信念があるから、自信があるのかもしれませんね。粕谷さんは、無自覚に、自己成長にとって必要なものを厳選するのが上手な印象があります。

だといいんですけど(笑)もっと成長していきたいです。

粕谷勇人 yuto kasuya 〜後編〜

− 最後の質問に。

「どうゆうふうに生きたいか?」を聞いてみました。

これは、意識高いって言われちゃうのがいやだから、人にはあんまり言わないようにしてるんですけど、僕の行動指針が、“Action for the other=人のために動く”なんです。

起業する前は自分のことで悩むことが多かったんですけど、起業してからは人のことで悩むようになったぶん、自分のことで悩むことがなくなったんです。

自分のことで悩むとストレスになるんですけど、人のことで悩むようになって、ハッピーになったというか。他人のために悩むのが多分、幸せなんだと思う。

 

粕谷勇人 yuto kasuya 〜前編〜

※ “ 粕谷勇人〜前編・後編〜 ”は、2018年6月25日に行ったインタビューを元に編集・執筆しました。

 

粕谷 勇人(かすや ゆうと)
https://www.instagram.com/kasuyayuto/

Tune Hakodate Hostel & MusicBal
http://tune-hakodate.com/

 

インタビュー・執筆 natte
写真 inaba keita