思えば孤独は美しいー糸井重里さん

人を酔わせるものがある。酒、異性、趣味、道楽、と数えていけばきりがない。もともと、人は、酔いたいものなのかもしれない。酔いたくて酔いたくて、酔う機会をうかがっている。そんなふうにも思える。激しく人をなじっている人も、どんどん酔っていく。鏡を見ているうちに、酔っていく人だっている。走ってるうちに酔っていくこともある。芸術にしても、なにかの肉体的な仕事にしても、酔いがまわってくることではかどるという気もする。

酔い、酩酊、というものは、「いつもじぶんの思ってるじぶん」から、ふわふわと離れてしまう状態を指している。「いつものじぶんの思ってるじぶん」のままでいることを、白面と呼ぶ。

酔うのがとても好きな人と、酔うのが苦手な人がいる。ちょっと酔うということの上手な人もいるし、じぶんでなくなるまで酔わないと酔った気がしないという人もけっこういるものだ。

酔うことについてのコントロールが、とても得意な人もいる。気持ちよさそうに「いつもとちがうじぶん」を、軽く味わって、また上手に「いつも」に着地できる人を、ぼくなんかは、かっこいいなぁうらやましいなぁと思う。

ぼくは普段お酒を飲まないものだから、「酔う」ということについてちょっと構えてしまう。歌やダンスや趣味で酔ってもいいのだろうけれど、滑走路をどこまでも行くだけで、酔いへの離陸はなかなかできてないような気がする。幸か不幸か、酒を飲まない友人も増えてきたので、酔える人たちに地上に置き去りにされることも、あまりなくなって助かっている。このままでも別にいいのだけれど、ほんの少しだけ残念な気持ちもある。

酔わないでると「シラケる」とかも言われやすいのよね。

 

「思えば孤独は美しい」糸井 重里

絵 natte